カメラ小僧るーしーず わーるど
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うさぎの島 WAR IS OVER ? その2

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再び、こんばんは 

僕は拓海(かいと)です、よろしく。

ここからは僕と海晴ちゃんが、毒ガスを製造時に発電所だったところを案内するよ。













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ここが発電所跡だよ。












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この葉っぱを食べるまでちょっとまってね。 ぱりぱり 

では、中に入りましょう。













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ここは、出入り口として当時、使われていたんだろうね。

今は、開かない扉になってしまったけど。













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こっちが入って左手から見た発電所の中だよ。














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そして、こっちが右方向からのみた中の様子だよ。

広さは学校の体育館ぐらいかな。

建物の右のとこの2階建ての部屋があるので、そちらに行ってみようか。













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こちらが1階部分だよ。
















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さっきと逆の方向から1階をみるとこの扉がある。

そして、扉の向こうに見えるのが、先に紹介した開かない入口だよ。












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次は階段を上がって二階にいってみようか。











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ここが2階だよ。この場所も荒廃が進んでいるけどね。











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2階の内側の窓から全体をみるとこんな風になっているよ。














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当初は、発電所として使用されていたこの場所も、戦争の悪化とともに、和紙とこんにゃく糊でつくる

風船爆弾を製造するようになったの。


実際にアメリカ本土には、約361発の風船爆弾が到達し、ピクニックをしていたなんの罪もない

民間人が犠牲になったわ。


もちろん、製造過程の事故により、亡くなった方もいるのよ。


戦争がおわり、残っていた700発の風船爆弾はすべて焼却処分されたそうよ。


















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全ての重機が取り払われ、がらんとしたこの場所は今、自然に浸食されているわ。



この発電所が建設されたのが、今から83年前の1929年。














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それから時が流れ、1971年、島外の小学生により、私たちの先祖8羽がこの島に放されたの。
















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その後、天敵がいなかった僕らは、この島に捨てられたペットのうさぎとも交配し、今では、300羽

まで増えたよ。















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戦後、毒ガス処理で汚染され、一度は草木も枯れ果てたこの地に今、自然がよみがえり、獏たちは

元気に暮らしているんだ。


「ねっ、海晴ちゃん。」


「そうね、拓海君。もう、戦争は嫌だわ。
   
  世界中のみんなが笑顔で暮らせるように私はいつも祈っているの。」










これで、うさぎの島は終わりです。

クリスマスに重いテーマにお付き合い下さりありがとうございました。

 

最後に、みなさんに以下の写真をプレゼント。











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それでは、みなさんに メリークリスマス  









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ウサギの島 WAR IS OVER?  その1

はじめまして こんばんは 


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わたしは広島県にある大久野島に住むうさぎの碧(あおい)です。


今回は、私とウサギ友達がこの島を案内するので、よろしくね。














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まず、この島は戦争中、内密に毒ガスを製造していたため地図から消されていたの。

その当時に製造した毒ガスを貯蔵していたところが、今も残っているわ。












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ここがその貯蔵庫跡よ。













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これから、中に入っていくわね。
















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中は何個かの穴に分かれているの。 壁の黒い焦げ跡は、終戦後、アメリカ軍により貯蔵されていた

毒ガスが火炎放射器で焼却処分されたときにできたものよ。












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貯蔵庫の横壁もかなりいたんでいるわ。














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終戦当時、この島には約3240トンの毒ガスが残在していたそうよ。

その毒ガスの種類は主に、消化管や皮膚にびらんを起こしたり、造血器に悪影響を与えるイペリットや

ルイサイト、そして呼吸困難を引き起こすクシャミガスや催涙ガスよ。


それら毒ガスは、戦争中に攻撃を受けた人はいうまでもなく、製造に携わっていた約6500人の方々の

体もむしばんでいったわ。  

おっと、自己紹介が遅れたわね。 わたしは、碧ちゃんのうさ友の海晴(みはる)よ。













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戦争がはげしくなり、物資不足から、毒ガス製造に関わる人の防護服もより安全性を欠いたものに

なっていったの。


その結果、製造過程の事故における負傷者がさらに増加し、約1300人の尊い命が奪われたわ。


ここにある千羽鶴の一羽、一羽に平和への祈りが託されているのね。













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この貯蔵庫から見上げると、綺麗な青空が広がっているわ。
















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悲惨な歴史があった分、より澄んで見えるのは、気のせいかしら。



















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僕は、拓海(たくみ)だよ、よろしく。


戦争が終わり、毒ガスは焼却や海への投棄、地中処理を経て、この島から姿を消した。


でも、毒ガス製造に関わった方々の健康被害は今も続いている。















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実質的に戦争は終わったけど、人々の中ではまだ終結していないんだね。











うさぎの島 WAR IS OVER ? その1はここまでです。

このシリーズの続きでは、別の場所を案内するので、お待ちください。



では、ひとまずこのへんで、ごきげんよう 









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